「菅原一剛の作品に寄せて」
“翳”と“光”というテーマは、写真芸術を語る上でまさに根源的なものであると同時に、日本的美学の反映や思考を評価する上で、常に基盤であったと考えます。
空間を整理するのが建築だという理論があるように、眼は同様に、盲目状態にされた場所ですら“光”のありかを捜し求めるといわれています。同時に、深い“翳”には、記憶の表面に立ち現れる思い出のようにぼんやりとした映像を現わしたりするものです。それはあたかも水の中を泳ぎまわる魚にも似て、ただ見え隠れするだけか思えば、光線が差し込むことで瞬間、強烈な印象を与えもします。このテーマは、デッサンや写真芸術の中でも広く表現されてきました。菅原氏が取り組まれている湿板写真という古い技術の復刻による仕事は、単に古い昔に遡るイメージを取り戻すという印象とは明らかに一線を画するものです。目指しているテーマはむしろ非常にコンテンポラリーなアプローチと言えます。しかも、その結果として立ち現れる作品群の印象は、極めて個人的な世界へのヴィジョン(視点)としてスタイルにまで確立されています。そして、その卓越した世界観の展開に対して、私は大いに期待しています。
アンヌ・ビロロー=ルマニー
(フランス国立図書館 現代写真部門収蔵担当主席キューレーター) |