歩く

「歩いてばかり」のデートをする恋愛をしたことがありました

とにかくその人は歩くのが全く苦にならないらしく
いつでも、どこへいっても、
当然のようにすたすたと歩き出すのです

今思い出してみると不思議ですが
地図を持っていたことなどありませんでした

真夏は汗ばんだ手を握り
真冬はお互いのコートのポケットに手をつっこみながら
いつまでも、どこまでも歩き続けました

川っぺりの道を
港の倉庫地区を
下町の入り組んだ路地を
周りの景色を見ながら
たわいない話をしながら
時には立ち止まって写真を撮りながら
ずっとずっと歩き続けていました

かなり長い間 無言のままだったことも少なくありません

その間
街はとても快適なテンポで時を刻み
太陽は着実に頭上を移動し
周りの景色は じんわりと 身体に馴染んできたような気がします


そのころ
なにかが起こることばかりを期待しながら
うらはらに部屋に閉じこもってばかりいた私にとって
「歩く」ということは
目や耳を
そしてからだ全体を通して やってくる
無数の刺激を受け止め続けることでした



そして時が過ぎ
その人の輪郭はかなりぼやけてしまったけれど
あのころ歩きながら感じた 風や光は
身体の奥の方で その重みを増し続けているのです