遠い昔
暑くて埃っぽい その国の
とある有名な観光地に立ち並ぶ 安宿のひとつでの
出会いについてお話しいたしましょう
わたしが異国からの旅人だったその人と出会ったのは
旅も後半にさしかかった頃でありました
宿で何度か顔を合わせるうちに
自然と声を掛け合うようになり
オレンジ色の夕陽があたるベンチで
お互いの日常について話を交わしたりなどいたしました
わたしが自分の国に戻ったあと
それからもしばらく旅をつづけていたその人からは
行く先々の土地の 美しい風景がプリントされた
絵葉書が届くようになったのです
「Are you on the road?」
そのときから何年か続いた手紙のやりとりの間
くりかえし くりかえし
このあいさつが交わされたものでした
そしていつのまにか
わたしが長い旅に出ることはなくなり
自分の目の前に間断なくやってくる時間を生きながら
実はこの毎日も
旅の路上にいるのと変わらないのかもしれないと
感じるようになりました
そうすることで
〈反復〉に対する わたしの恐怖や息苦しさは影をひそめ
二度とやってこない瞬間を
楽しめるようになったのです
そんな毎日の中
ふとした瞬間に 遠くから声が聞こえることがありました
「Are you still on the road?」
すると
忘れていたはずの感情が喉の奥からこみ上げてきて
旅に出ることに焦がれたあの頃のことと
暑くて埃っぽいあの国の赤褐色の空気
そして
同じ時間を共有した偶然の出会いの数々を
遠い気持ちで 思い出すのでした
「Are you on the road?」
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